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2016年6月25日 (土)

イット・バイツ 「イート・ミー・イン・セントルイス」 (IT BITES "EAT ME IN ST.LOUIS")国内初版CDサンプル盤

元イットバイツのフランシスダナリーが、イットバイツ時代の曲をセルフリメイクした新作を完成させた。既にサイトでは発売されていて、国内盤も追ってリリース予定との事。合わせて本年11月には来日公演も決定し、フランシスダナリー及びダナリー在籍時のイットバイツ初期3作が改めて脚光を浴びる年になりそうである。なのでこのタイミングで私もイットバイツを取り上げてみたい。

私のイットバイツのリアルタイム体験は80年代後半、2ndのワンスアラウンドザワールドだった。当時はすっかりオールドファッション扱いのプログレをチョイお洒落にポップに響かせつつも、14分の大作も含まれた、しっかりした演奏技術と作曲能力が感じられる作品として一部で評判になっていたので、試しに買ったのであった。聴いて感じた印象は、あくまでも当時の感覚の話ではあるが、すっきりした音像で、悪く言えば軽くて、正直それほどインパクトは感じなかった。それはイットバイツの問題ではなく、私自身の聴く耳の問題だったんだと思う。その頃の私は80年代のエイジア、イエス、GTR、EL&Powellのヒットを受けて、そこから70年代へ遡って、後追いで70年代プログレにハマり始めてた頃だったから、その趣向で聴くと、やはり少し物足りなく感じたのであろう。

そんな中で89年に発売されたのがこの3rd、イートミーインセントルイスである。

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イエスがトレヴァーラビン主導のハードポップ路線のビッグジェネレーターで、90125に次いである程度のヒットを記録すると、私の周りではこのビッグジェネレーターが一つの基準のようになって(あくまで当時の話)、ワールドトレイドの1stや、今回取り上げるイットバイツの3rdの比較対象として語られてた気がする。曰く、ビッグジェネレーターに似てるね、って感じで。当時バイトしてたCDショップで、店長さんもそのような事を言ってて、私も同意していたものだ。上にも書いたように当時は2ndもそれほどインパクトを感じなかった中ではあったが、それに反してこの3rdは私の中でも要注目として発売を楽しみに待っていた。理由はとても調子の良いものである。その理由とは、ABWHを始動させてヒットさせた策士マネージャーのブライアンレーンが、イットバイツの3rdからマネージメントを買って出たこと、これが注目した理由である。マックというしっかりしたプロデューサーを起用し、バンドロゴやジャケットはロジャーディーンの起用と、イエスの新時代後継をイメージさせるような戦略展開にすっかりしてやられた私であった。CDショップのバイト店員だった私はレコード会社のセールスの人にサンプル盤をおねだりして、頂いたのが上記写真の国内初版CDのサンプル盤である。国内盤は海外とは曲順が違っていたのか、1曲目はシスターサラであった。

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何しろイエス後継の意味合いも込めて注目していただけに、この盤を本当によく聴き倒した。2014年にフランシスダナリー在籍期の作品がボーナストラック入りリマスター紙ジャケの決定盤として発売され、この3rdはかつての海外盤に準拠した曲順になっていたと思う。

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私はこういったリマスター再発紙ジャケで決定盤!みたいなのが出た時には、原則として旧規格盤はホイホイ中古屋さんに売り飛ばしてしまうんだが、この3rdの国内初版サンプルCDは未だに手放せない。なんとなく当時の思い出と、曲順に対する思い入れが出来てしまって、今でもシスターサラから始まる曲順じゃないと聴く気がしないのである。シスターサラの勢いあるハードな曲での始まりは、前作とは打って変わった印象で、その印象が強く脳裏にインプットされたまま最後まで聴いてしまう。だからこそ、スティルトゥーヤングトゥリメンバーのメロディアスなポップ感覚や、リービングウィズアウトユーの静謐な美しさも際立って感じられる。結果、プログレ的曲展開よりもかなりストレート&ハードに振れた作品イメージが、当時バイトしてたCDショップの店長も私もビッグジェネレーターに似ている、っていう当時なりの感じ方になったのであろう。

策士ブライアンレーンが売り出しにかかったからには、さぞかしABWHと抱き合わせにして、売れるに違いないし、イットバイツの前途は洋々であると思っていたんだが、こちら側の希望など関係なく、また期待したほどは大ヒットはせず、フロントマンのフランシスダナリーが脱退して、バンドは終焉を迎えるという悲しい末路となってしまった。

それから10年以上を経て、2000年代になってスーパーバンドKINOでジョンベックとジョンミッチェルが意気投合でもしたのか、ジョンミッチェルをフロントマンに迎えてイットバイツが再編された。改めて初期3作の楽曲群を演奏したライブ盤を聴いて今更ながら2ndの楽曲が気に入ったというか、プログレッシヴ・ポップ・ロックとしてのクォリティの高さに気付いたのは、その間に多くの様々な作品を聴いてきたからだろう。今になって80年代後半当時の自分の趣向を抜きにすると、俯瞰して正当に評価できるようになったというか。今では一番よく聴くのは2ndのワンスアラウンドザワールドになっている。

しかし、フランシスダナリー在籍時の初期イットバイツの、その末路まで含めての思い入れ込みで、この3rdの旧規格のサンプルCDが未だに大好きである。この3rdの後、脱退したフランシスダナリーが91年に発表したソロ1st、これも当時は待ちに待った発売であったが、それはまた別稿としたい。

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2016年6月16日 (木)

パット・メセニー・グループ 「ファースト・サークル」 (PAT METHENY GROUP "FIRST CIRCLE")

大学の2回生の頃(多分1987~88年頃)、京都に初めてタワーレコードが出来た。場所は烏丸通の四条と五条の間くらいだった。今では全国の色んな場所にタワーレコードがあるけど、その頃はまだまだ外資系の大きなレコードCDショップは殆どなかったと思う。当のタワーレコードですら渋谷店(昔のね)とあともう1,2か所くらいしかなかったはず。なのでわざわざ京都に出店してくれたのが非常に嬉しかった。大学で受講する講義も2回生を終わるとグンと減ってくるので、週4くらいのレギュラーでバイトをやろうと思って大喜びでタワーレコード京都店のバイト募集の貼り紙に呼応して応募した。早速面接、店長さんにどんな音楽を聴くのか訊かれ、主にプログレをよく聴いています、と答えた。とは言っても当時はエイジアを入り口にしてEL&Pやイエスの代表作を聴き始めたばっかり。雑誌を読み漁って知識を身に付けつつはあったが特にプログレに深く詳しいわけでもなく、それ以外のジャンルも深く詳しいわけでは無かった。そしてリッチーブラックモアが好きらしい店長さんからコメント、

「モトリークルーは分かりますか? ディープパープルはどうですか? ブラックミュージックやジャズは? プログレが好きとの事だけどタワーレコードのスタッフは全ジャンルに詳しくないとやっていけませんよ。あなたのような方はそこら辺の街のレコード屋でちょうどいい。」

と、えらい手厳しいご指摘を頂き、残念ながらその場で不採用となった。ガックリしたと同時に悔しかった。その思い出が今でも残っていて、その店長さんの顔と名前も今でも鮮明に覚えている。やがて就職して東京に出て、何年も後になってそのタワーレコード京都店の店長だった方の名前を思わぬところで拝見した。最近残念ながら休刊になってしまったけど、ブー〇を取り上げつつマニアックな記事が多くて私も大好きだったbeatleg誌で、後ろの方のページでパープルやリッチーネタばかり書いてる連載コーナーを担当されていた方である。タワーレコードは退社されたんだろうか。そして厳しいご指摘を頂いた私は、まさしく街のレコード屋、京都では有名だった十字屋のバイトの面接を受けて無事に採用されたのであった(笑)。

大学の2回生の終わりから3回生、4回生と、卒業前まで約2年間、十字屋でバイトをした。その間もあのリッチーマニアの某店長さんの厳しい指摘が脳裏に残っていたばかりに、プログレだけでなくハードロック、へヴィメタル、ブリティッシュロック全般を聴き、それから知識だけはアメリカンロックも勉強した。AORもジャズもフュージョンも、そしてバッハやチャイコフスキーと言ったバロック音楽やクラシック音楽まで貪欲に興味を持って聴き、知識をガンガン増やしていった。しまいには店ではバイトの身分であるにもかかわらず、クラシックとジャズの正担当者という役割を与えて頂き、クラシックやジャズに関するお客さまからの質問に対応し、在庫管理も行い、音楽漬けの日々を忙しくも楽しく過ごしたのである。

随分前置きが長くなったが本題、ここで取り上げるのはパットメセニーの84年作、ファーストサークルである。

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パットメセニーを聴いたきっかけは言うまでもなく上記のバイト時代で、当時の店長さんもプログレ好きで、「これ聴いてみ、フュージョンやけどプログレっぽいで。」と言われたのがキッカケであった。聴いてみて、1曲目はなんじゃこりゃ?と思ったが2曲目以降は確かにジャズフュージョンなんだけど、メロディも良くて、曲によってはロックっぽいリズム感もあって、美しいバラードもあって、なるほどプログレサイドからも聴けるなと思ったものだ。もっともそれから30年近くたって、更にいろいろな作品が世に出ては評論されるのを経て、今になって聴くと、コレをプログレっぽいというのは若干無理があるような気もするが・・・。でも当時はそんな言い方でも十分納得できた。そういう時代だったのだ。

それでも今聴いても、音質的にも音楽的にも十分新鮮で楽しめる。パットメセニーは70年代後半から今に至るまでずーーーっと第一線で活動しているけれど、本作はメセニーの名作として歴史に残る一枚だと思う。

先日、ようやく京都の田舎で再就職が決まった。このパットメセニーのファーストサークルの全収録曲の中で一番好きなのはラストの「賛美 (Praise)」って曲なんだけど、仕事が決まったタイミングで久しぶりに聴いたら何だか泣きそうになったわ。「賛美 (Praise)」の何とも言えない郷愁と優しさを伴った爽やかなメロディとアレンジがジンジン胸に響く。10回くらいリピートしてしまった。苦し過ぎて一言では言い表せないので再就職活動の苦労の経緯や感想なんて言わない。この「賛美 (Praise)」を聴いて洗い流して前向くだけ。

音楽の趣味趣向は人それぞれ。だけども幅広く聴ける方が楽しみも拡がる。あの時、「あなたのような方はそこら辺の街のレコード屋でちょうどいい。」と言われたけど、その悔しさのお蔭で街のレコード屋で大いに音楽の見聞を拡げましたよ。多分今は、当時のタワーレコード京都店の店長だったリッチーマニアの某氏よりも拙の方が音楽の知識も耳の許容量も上回ってるんじゃないかな、へへへ(笑)。

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