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2019年10月18日 (金)

大塚 直樹(元新日本プロレス営業部長)「クーデター 新日本プロレス秘史」

今週は何と今日の金曜日しか休みがない。あとは月曜から日曜まで、今日の金曜を除いて全部泊まり勤務。しかも唯一の公休の今日も夜には地域の所用で出掛けなきゃいけないし、気分的には休み無しな気分。昨日は泊まり勤務明けで帰宅してからずっと頭痛で、寝てても治らないし起きても気分悪いしでなかなか辛い明けオフであった。原因は不規則な仕事による寝不足である事はハッキリしてるだけに、この繰り返しを今後も続けるのはどうしたものかと・・・。今日はなんとか起きていられる状態ではあるけどやはりまだ若干頭痛が。雨模様でウォーキングも出来ないので昼間は家で大人しくするしかない。音楽を聴く元気も無し。なので音楽ネタのブログ更新もしない。久しぶりにプロレス関連書籍でも取り上げておこう。

ここ数年は財政難もあってプロレス関連本は興味はあっても購入することは控えていたんだけど、一時期の財政難からは少しだけ脱したし。それでも決して余裕は無いんだけどもたまに節約疲れでオラーーって財布の紐を緩めることもあるのだ。そんな感じで買ったのが掲題の単行本。元新日本プロレスの営業部長の大塚直樹氏の回顧本。ネタが主に83年に新日本プロレスのクーデター騒動とあればこれは興味が湧かないワケが無い。大塚氏はこれまでにも部分的にマスコミで当時の事に関する証言はしていたと思うけど、今回はそれら全て纏めて、しかもご自身が記していた当時の日記に基づいての詳細な証言及び回顧とあって見逃すわけにはいかない。

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もうアレから約35年以上経つのに未だにあの新日本プロレス全盛期に起きた騒動は興味が尽きない。あのクーデターで新日本プロレスを追われた新間氏が、83年だったか84年だったかに新間氏が知る新間氏側からの告白本を出して、私もすぐに購入して熟読した記憶がある。後に大塚氏含めて様々にクーデターにかかわった人物が証言してきたけど、大体は新間氏の告白本に沿った内容だったと思う。今ではあのクーデター騒動について知らないプロレスファンはいないくらいだろう。新間氏の本はクーデターで追われた側の本だった。今回の大塚氏の本は言うまでもなくクーデターを仕掛けた側の本で、その意味で一読しておきたかった。クーデターを仕掛けた側、クーデターで追われた側それぞれに言い分はあるだろうし、そのクーデターにかかわった人物それぞれにも別の思惑が有ったかも知れない。いずれにしても直接かかわった人物の証言本は貴重だ。

内容だけど、もちろん「クーデター」と命名された本だけに83年クーデターに関する記述が大半だけど、それだけではなく昭和47年から大塚氏が知っている新日本プロレスでの出来事も記されていて、その部分も結構面白い。内容をそのまま書くのは良くないので目次や面白かった記述の一部だけ取り上げてみる。目次の一部。

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もうこの目次を見るだけで私なんかはドキドキする。あの当時リアルタイムでは新日本プロレス内部に何が起こっているのかはファンにはまったく分からなかった。とにかくタイガーマスクが突然引退表明した、アレが始まりだったけど、その裏で起きていたクーデターの話はそれこそ新間氏の本を読むまでは分からなかった。ここに記された新団体設立計画からクーデター実施に話の内容が変質していった進行はそれはもう一日毎に状況が変わって行って、実はクーデターを実施した人たちは決して一枚岩ではなかったこともはっきり分かる。山本小鉄、テレ朝から出向してきていた役員、藤波、佐山タイガー、大塚氏含めた営業軍団、それぞれが会社やアントンハイセルに不満を持って疑心暗鬼になっている、そこだけが共通点という感じで、その新団体設立もクーデター計画も読んでる私からしたら実にずさんで、こんなんで新団体設立もクーデターも成功するわけがない、って素人ながら思えてしまう。また、この事態に及んでも猪木は大塚を手放したくなかったのは余程大塚氏の営業部長としての手腕を重視していたのだろう。そこら辺の記述も非常に興味深い。

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猪木と大塚氏のこのやり取りは読んでて辛くもある。

この本は大塚氏の本だから、大塚氏の言い分が中心なのは当然で大塚氏からしたら、小鉄に愛想尽かした、藤波には呆れてしまった、そんな気分だったのだろう。一方の山本小鉄は終生このクーデターに関しては人前では触れなかったので、小鉄の言い分は全く分からないのがファンからすると残念。

クーデターの他にも、クーデター後に新日本プロレスを退社して新日本プロレス興行(後に社名変更してジャパンプロレス)を興した経緯、ジャパンプロレスの内情等、これまで単発でマスコミの前で触れてきた内容も改めて俯瞰できる。個人的にちょっと微笑ましいというかウケたのは、昭和53年の猪木vs上田馬之助の日本武道館での釘板デスマッチのくだり。場外に釘板をびっしり敷き詰めて、場外に落ちたら大変、っていうデスマッチだった。私も子供ながら当時この釘板デスマッチはリアルタイムで金曜夜8時のテレビ中継を見てハラハラしながら興奮して観ていた記憶が鮮明にある。上田の攻勢に猪木が場外に落ちそうになって、足一本ロープに引っ掛けて場外転落を防いで、エプロンから一転して上田の腕を取って腕折り攻撃で反撃っていう、今でも思い出せる。異種格闘技戦を除くと通常のプロレス興行としては大塚氏の営業マンとしての史上最高の売り上げを記録したそうで、そこに至る猪木と大塚氏のやり取りを少しだけ。

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試合を盛り上げるために猪木社長に場外に転落することを提案する大塚氏に、猪木の反応、

「落ちたら刺さるじゃねぇか」

思わずウケた。そりゃそうなんだけど、この天然なやり取りが最高。

あのクーデター騒動から35年以上過ぎて、今ではあの当時の四分五裂した関係者ともほぼ和解して、ジャパンプロレスで分裂した長州とも和気あいあいと話せるようになった後書きのくだりは少しホッとする。過去の話にタラレバは意味ないし今ではそれぞれがそれぞれの道で自分なりに生きて行けてることが幸いなんだと思う。

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